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ふぞろゐプロジェクトの日々の活動を綴ります。

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ゴーヤが育ちました。

夏に備え、事務所のベランダに日除けのゴーヤを植えました。

順調に育って今はこんな感じです。
P7170148.jpg

日除けとしては問題なく育ってくれたのですが・・・

実が全くついていません。

それを見た、清水副理事長が一句詠んでくださいました。
【七重八重 花は咲けども 山吹の みのひとつだに なきぞかなしき】

これは『後拾遺和歌集』(ごしゅういわかしゅう)に歌われている歌で
歌い手は「兼明親王」(かねあきらしんのう 924~987)と言われています。

太田道灌の山吹伝説でも有名な歌でも有ります。

【太田道灌の山吹伝説】
太田道灌は扇谷上杉家の家宰でした。ある日の事、道灌は鷹狩りにでかけて俄雨にあってしまい、みすぼらしい家にかけこみました。道灌が「急な雨にあってしまった。蓑を貸してもらえぬか。」と声をかけると、思いもよらず年端もいかぬ少女が出てきたのです。そしてその少女が黙ってさしだしたのは、蓑ではなく山吹の花一輪でした。花の意味がわからぬ道灌は「花が欲しいのではない。」と怒り、雨の中を帰って行ったのです。

その夜、道灌がこのことを語ると、近臣の一人が進み出て、「後拾遺集に醍醐天皇の皇子・中務卿兼明親王が詠まれたものに【七重八重花は咲けども山吹の(実)みのひとつだになきぞかなしき】という歌があります。その娘は蓑ひとつなき貧しさを山吹に例えたのではないでしょうか。」といいました。
驚いた道灌は己の不明を恥じ、この日を境にして歌道に精進するようになったといいます。


この伝説は江戸時代に入って様々な形で語り継がれ、後日談や多少のバリエーションも存在しているようです。

今に残るものとしては山吹伝説を聞いた町人が雨具を借りに来た人間を追い返そうとする落語の「道灌」でしょう。

こういう形で、お話に使われているところに、道灌の山吹伝説が江戸時代、広く親しまれていた逸話であることがわかりますね。

それにしても、ゴーヤを見て道灌の山吹伝説を思いつく辺りは清水副理事長らしいなと思いました。
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2012-07-24 : 事務局奮闘記 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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